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盛岡地方裁判所一関支部 昭和54年(ワ)30号 判決

原告

遠藤卓也

原告兼原告遠藤卓也法定代理人(父)

遠藤政晴

原告兼原告遠藤卓也法定代理人(母)

遠藤幸子

原告ら訴訟代理人

浅野公道

右訴訟復代理人

玉川敏夫

被告

社会福祉法人花泉保育園

右代表者理事

佐々木勝雄

右訴訟代理人

佐藤透視

主文

一  被告は原告遠藤卓也に対し、金一〇七万三四五三円および内金一〇二万三四五三円に対する昭和五二年一月一七日から、内金五万円に対する本判決確定の日の翌日から、各完済まで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告遠藤卓也のその余の請求および同遠藤政晴、同遠藤幸子の各請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告らの連帯負担とする。

四  この判決主文第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因第一項の各事実は当事者間に争いがなく、同第二項中本件事故による原告卓也の傷害の部位、程度、治療内容を除くその余の各事実も当事者間に争いがない。そして〈証拠〉によれば、原告卓也は本件事故により、原告主張のとおり左肩、左上肢、背腰部に終生残存する熱傷瘢痕の傷害を受け、昭和五二年一月一七日から同年二月二二日まで岩手県立磐井病院に入院。以後昭和五四年九月一八日まで同病院に通院して治療を受け、現在なお右患部に熱傷性瘢痕ケロイドを残している事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

判旨右各事実によれば、訴外三浦は被告保育園の保母として原告卓也を含む園児らに対し、保育園内で熱湯を運搬するにあたつては園児の飛び出し等にそなえ充分に安全を確認したうえ運搬をなすべき注意義務があるのに、これを怠つた重大な過失があるものというべきである。

もつとも証人三浦久子の証言によれば、同人は熱湯の入つたバケツをもつて廊下に出る際、担当する五才児のクラスの園児たちには、湯が危険だから座つているようにと注意を与え、かつ廊下に通ずるドアの前で一度バケツを床に置き、ドアを開けて廊下に園児のいないのを確認のうえ、再び右手でバケツを取り上げて廊下に一歩出たところで、右隣りの四才児のクラスの教室から廊下に走り出てきた原告卓也が右三浦にぶつかつて本件事故になつたものである事情が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら他方、同証人の証言によれば、同人の担当する五才児のクラスの園児たちは保母の注意にもよく従うが、原告卓也を含む四才児以下の園児たちは注意に従わない子が多く、特に原告卓也は四才児でありながら被告保育園の一階の窓から飛び下りたりもしたことのある活発な園児であり(従つて、よりその動静を注意する必要があるものと考えられるが)、かつ同証人の出たドアと原告卓也の所属する教室の入り口は隣り合つているものであるが、同証人は前記のとおり教室を出る前に廊下に園児のいないことを確認したのみで、再びバケツを取り上げて廊下に出る時点においては、隣りのクラスの園児の動静を注意していま一度確認をすることを怠つた事情も認められるのであつて、前記のような廊下に出る前の確認のみでは到底園児の安全を守る義務を果したものと評価することはできないし、さらにまた同証人の証言によれば、本件事故当時原告卓也の所属する四才児のクラスを担任する保母である訴外菅原明美は昼食の後片付けのため、教室を離れて、廊下向い側の流しに居た事情も認められるのであり、同保母が教室を離れるに際し、園児らが廊下に飛び出さないような措置を講じたことを認めうる資料も本件記録上存しないから、原告卓也の行動をもつて、被告が主張するように、同原告の過失と評価することもできない。

二そして〈証拠〉によれば、被告保育園は、私立ではあるが、児童福祉法上の児童福祉施設として位置づけられ、同保育園への入園手続は、まづ保育児の保護者から管轄市町村長である訴外花泉町長に入園申請をなし、同町長において入園相当との判断に達した保育児については同法二四条の規定にもとづき同町長から被告保育園に保育を委託し、被告保育園は同法四六条の二の規定により、原則として右町長の委託を拒否できず受託を強制されることになり、原告卓也も二才に達した昭和四九年右の手続により被告保育園に入園して本件事故の時まで同園での保育を受けていたものであることを認めることができ、これに反する証拠はない。そして右のように花泉町長と被告保育園との委託契約により原告卓也の被告保育園の入園が決定した場合においても右委託契約とは別個にこれと重畳的に、保育児の保護のため、被告保育園と保育児(原告卓也)の保護者(原告政晴、同幸子)との間にも保育委託契約関係が生ずるものと解するのが相当である。

そして前記三浦が被告保育園の従業員(保母)であることは前記認定のとおりであるから、右委託契約上は被告保育園の履行補助者と観念し得る。

従つて被告は被告保育園での保育業務執行中に発生した本件事故につき、原告卓也に対しては不法行為として、原告政晴、同幸子に対しては前記委託契約の債務不履行として、同原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

三そこで原告ら主張の各損害について判断する。

1  原告卓也について

(一)  本件事故により同原告が左肩、左上肢、背腰部に熱傷瘢痕の傷害を受け、現在治ゆはしたものの、右各部位の瘢痕は終生残存するものであることは前記認定のとおりであり、前記甲第六号証によれば、右瘢痕は自動車損害賠償法施行令の別表(後遺障害等級表)の第一四級または第一三級に該当するものであることが認められ、これに反する証拠はない。

しかしながら他方原告幸子本人尋問の結果と証人三浦久子の証言とによれば、原告卓也は右事故による傷害の治ゆ後は順調に生育し、現在小学校四年に達しているものであるが、本件事故前と同様活発に運動をし、夏期には水泳もする状況であることが認められる。

従つて前記のとおり本件事故による前記各部位の瘢痕が前記法令上第一四級または第一三級に該当するとしても、これが原告卓也の、心理的な面への影響はともかくとして、将来の精神的、肉体的活動機能を客観的に阻害し低下させるものとは考え難いから、右各瘢痕によつて同原告がその労働能力の一部を喪失したものと認めることはできず、同原告についての逸失利益の主張は理由がない。

(二)  そして前記のとおりの本件事故によつて、同原告が受けた傷害の部位、種類、その治療に要した期間(原告らは昭和五三年六月二一日まで通院したとして慰謝料を請求しているが、原告卓也が昭和五四年九月一八日まで通院したものであることは前記認定のとおりである。)、後遺障害の程度、本件事故当時同原告は満四才一一か月であつたこと、その他本件弁論に顕われた諸般の事情を総合して考えると、本件事故によつて原告卓也が傷害を受けたことによる慰謝料としては、一八〇万円をもつて相当と考えるものである。

2  原告政晴について

(一)  同原告の主張する各損害費目中、(一)の治療費の全額一六万一三九三円、(二)の入院諸雑費の全額一万八〇〇〇円および(三)の付添看護料のうち原告卓也の入院期間三六日間、一日二四〇〇円の割合による八万六四〇〇円の合計二六万五七九三円の損害については被告においてもこれを認めるところである。

(二)  しかしながら、その余の付添看護料については、後記のとおり原告卓也の母親である原告幸子に対し通院治療中の付添看護料を認めるものであつて、このうえさらに複数の付添人を必要とした事情については何ら主張および立証はないから、失当である。

そして(四)の交通費中、原告卓也の祖母の分については本件事故と相当因果関係に立つものではないから主張自体失当というべきであるが、原告卓也の入院中および通院中に原告政晴らが支出した自宅と病院間の交通費合計五万八六六〇円(右額は成立について争いのない乙第一号証と前記甲第八号証に照らして明らかである。)は本件事故による損害と認むべきものである。

(三)  なお原告政晴は本件事故による慰謝料を請求するが、前記認定の原告卓也の傷害の程度に照らし、同原告が生命を害された場合に比肩すべき苦痛ないし右の場合に比して著しく劣らない程度の苦痛を原告政晴において蒙つたものとは認められないから、この点についての同原告の請求は失当である。

3  原告幸子について

(一)  同原告はまづ付添看護料を主張するが、原告卓也の入院期間三六日間については、すでに前記のとおり、原告幸子の主張額より多額の一日二四〇〇円の割合によるものについて被告も認めたものであつて、複数の付添人を要したことについては何ら主張、立証はないから失当というべきである。

しかしながら〈証拠〉によれば、同原告は本件事故当時訴外佐藤電機に勤務して一日平均一九二〇円の収入を得ていたが、本件事故による原告卓也の入院時および通院の際の付添看護のため昭和五二年一月一八日から同年四月三〇日までの間で八五日間欠勤しその間右収入を得られなかつた事実を認めることができる。そして右の間の原告卓也の入院日数は三六日間であるから、結局原告幸子は少なくとも四九日間原告卓也の通院の際これに付添い看護したものであると認めることができる。そして本件事故による原告卓也の傷害の態様と右通院の当時やつと満五才に達したその年令とを考えれば、同原告が通院するためには親の付添いが必要と考えられ、その費用は一日について一〇〇〇円と考えるのが相当であり、従つて右通院付添費合計四万九〇〇〇円は本件事故による損害と判断されるべきである。

(二)  また原告幸子も慰謝料を請求するが、原告政晴について判示したところと同一の理由により失当である。

4  従つて被告保育園は、原告卓也に対し、一八〇万円、原告政晴に対し、合計三二万四四五三円、原告幸子に対し、合計四万九〇〇〇円の各支払義務があるというべきところ、被告において本件事故による損害賠償として原告らに対し、合計一一五万円を支払つたものであることは当事者間に争いがない。右弁済額は前記原告らに対する賠償額の合計に満たないから、これを順次原告政晴、同幸子、同卓也に対する賠償額に充当計算(原告らは右弁済額を原告政晴の賠償額に対して充当した旨主張するが、同原告に対する賠償額は被告の弁済額に満たないものであり、かつ被告からの弁済の際原告らにおいて弁済充当を指定したことについては何ら立証はないし、前記のとおり充当計算しても原告らに実質的な損害は何ら生じないものである。)すると、結局被告は原告卓也に対しさらに一〇二万三四五三円およびこれに対する本件事故の日である昭和五二年一月一七日から完済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払義務があるものというべきであるが、原告政晴、同幸子の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきこととなる。

5  原告卓也が弁護士浅野公道に対し訴訟を依頼し、本件訴訟を遂行してきたものであることは記録上明らかである。そして被告代表者宇津野弘人本人尋問の結果によれば、本件訴訟提起前の本件事故による損害賠償の示談交渉にあたり、原告側からは当初五〇〇万円、後には三〇〇万円の提示があつたが、被告側が二〇〇万円を提示したため話合いがまとまらなかつた事実を認めることができ、このことと本件における原告らの請求額とこれに対する前記認定額、本件事案の内容その他の事情を考慮し、原告卓也が本訴追行のために要する弁護士費用中被告に対し請求し得る額は、五万円をもつて相当と認める。〈以下、省略〉

(手島徹)

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